ドリーム小説
Trick or Treat!
Trick or Treat! =4= 翌日の昼過ぎ、ようやく完成を見た衣装を、は満足げに眺めていた。
「急いで仕上げてしまおう」
尚隆にくりぬいてもらった南瓜を手に、目と口を掘ってランタンを完成させていく。
初めて作ったのだが、過去に見た物とさほど違わず、それにも満足の笑みを浮かべる。
「え〜っと、後は何だっけ?」
首を傾げながら、堂室を一周したは、思い出したのか中心へと戻ってくる。
そして予め借りていた乳鉢を足に抱え、紅色の粒を潰し始めた。
それが終わると、黒い果粒を、その次は青紫粒を摺りおろす。
やがて夕方を待たず、全ての作業が終わった。
は堂室の外に出て、朱衡に作業の全てが終わった事を告げに行った。
再び堂室に戻って返事を待つ。
「あ…そう言えば、今日は来ていないわね」
ふいに尚隆の事を思い出したは、我知らず声に出していた。
慌てて首を振って、脳裏に現れた人影を振り払う。
一人あたふたとしていると、誰かが来る気配を感じ、は入口に集中する。
誰が現れるのだろうかと、無意識のうちに期待し、じっと動かずにいた。
そこに現れたのは朱衡だった。
「本当に三日の内にやってしまわれたのですね」
素直に感心して見せた朱衡に、は息を吐きながら言った。
「ほっとしています」
安堵の息なのか、溜息なのか、自分でもよく分からないが、それは考えないようにして衣装を広げて見せる。
「後は、協力して頂かないといけないんですけど…大丈夫ですか?」
「ええ、それを伝えに参りました。春官府、夏官府、天官府、冢宰府。この四つを渡って下さい。場所は台輔が知っております。過ぎた悪戯をしないように、見張って頂けるとありがたいのですが」
「もちろんです。春官府、夏官府、天官府、冢宰府ですね。では、それぞれの官府を暗くして、このランタン…篝を使って光を点して下さい」
「それは…篝でしょうか?」
「はい。この中心に蝋燭を立てて光を点します。ハロウィンの篝はこれなんです」
「承知いたしました。では、先ほどの官府は忘れて、これを探しながら来て頂くと言うのはどうでしょう?入口にこの篝を置いておきますから、そこは遊んでもいい官府と言う目印に」
「ああ、それは名案ですね!」
ではさっそくと、朱衡は人を呼んで南瓜を運ばせる。
もうすぐ六太が来る旨を伝え、優雅な微笑みを残して、その場を去って行った。
朱衡の言った通り、それからほどなくして、六太が駆け込んで来る。
「で、出来たって?」
「はい、もう、お仕事は終わられましたか?」
「おう!終わった。いつもより多かったけど、ちゃんと終わって来たぞ」
若干疲れた感じを見て、は少し後ろ暗い気分になった。
だが、気を取り直して衣装を手渡す。
「まずはそれを着て下さい」
「洋装か?」
「そうですね。洋装と言っても、普段着ではないのですが…特別なものですから」
「分かった!」
嬉しそうに言った六太は、の縫った衣装を手に出て行った。
その隙に、も簡単に作った自分の物に着替える。
は魔女の扮装に身を包んでいた。
とは言っても、胸の下から布はなく、破かれたようになった布の下に、雪肌が見えていた。
腰から下も、膝の随分上から見えており、足がほぼ全部見えている。
もちろん袖も短く、ないに等しい。
「少し…寒いかも」
黒い布に余裕がなかったため、少々露出が激しいが、仮装だからよしとしよう。
そう自分に言い聞かせていると、六太が戻ってくる。
「こ、これでいいのか?」
白いシャツに身を包み、黒いズボンを履いて戻ってきた六太に、は頷いて答える。
「上の布は、ズボン…下の布の中に入れて下さい。それから台輔の仮装には、まだこちらが残っておりますから」
そう言って、大判の布を取り出す。
襟に木の実の連珠を付けたマントだった。
「最後の仕上げをしましょう」
そう言って六太を手招くと、はすり潰した紅を六太の口端につけた。
「これ、何の仮装なんだ?」
そう問う六太に、はくすりと笑って言う。
「麒麟は血を嫌うのでしょう?」
「?…まあ、な」
六太の答えを待って、は笑みを漏らす。
「だから、正反対のものにしてみたんです。これは吸血鬼の仮装ですよ。血を吸う化け物なんです。牙がとっても発達していて、首筋にこうがぶっと!」
手で首を軽く掴んだは、飛び上がりそうになった六太を見て、さらに笑いを深めた。
「悪趣味な化け物だな。血を吸って何が楽しいんだ?」
「確か、食事の代わりだったかと。血を吸えないと、吸血鬼は生きていられないんです」
「うわ…最悪。おれ、麒麟でよかった。で、は何の仮装なんだ?」
「私は一応、魔女です。不思議な力を使う女の人の事ですね。鍋に蛙や毒茸を煎じて、薬を作るんですよ」
ごくりと、喉のなる音が聞こえた。
見ると六太の眉間は波打っている。
「それ、何の薬になるんだ?」
「さあ?男を惑わす薬だったり、美しくなる薬だったり…」
「怪しい人物な訳だな」
「まあ…そうですね。でも、ハロウィンの場合はそう言った恐い者にならないと、意味がないですからね」
「ふうん」
会話の合間にも、の手は動き続ける。
やがて六太の顔は、麒麟とは思えない形相になっていた。
口元は血で覆われ、目の上には赤黒い痣。
額には何か模様を描こうかと思っていたのだが、激しく嫌がるので諦め、代わりに耳を赤く染めた。
六太の顔が完成し、は自分の露出している手に、赤い紅を擦りつけていく。
頬にも血の痕跡をつけ、足は痣に見えるように、青紫と黒をつける。
最後に自分にも木の実の連珠をつけると、奇妙な魔女が出来上がった。
「うわ…凄い事になってんな」
「台輔もね」
動いたの指先を、六太の視線が追う。
硝子に映った自分の姿を見て、驚いて呆然としているようだった。
「遠くから見たらびっくりするだろうな。でも、なんかこれって甘い匂いがする」
「賄夫の方から、色のつく食べ物を拝借して来たんです」
「ああ、なるほど」
納得を見せた六太に、はそろそろ行きましょうと言って促した。
「ジャック・オ・ランタンが目印なんですって」
「じゃっくおらんたん?そこに行けば悪戯し放題?」
やはり勘違いしていたのかと、は苦笑しながらも、手元から筆を出した。
「Trick or Treat!と言って、何もくれなかった場合、顔に悪戯しちゃいましょう」
片目を閉じて言うに、大いに賛同する頷きが返ってきた。
そろそろ陽も暮れようかという頃合い。
篝火を点す時間である。
かつてない不思議な夜が、玄英宮に訪れようとしていた。
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