ドリーム小説




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月の花


=10=






「水だ」

いつものように見張りの者が来て、小さな湯呑みに入った僅かばかりの水を差し出す。

ここは何処なのか、何故ここに閉じ込められたのか、一緒にいた者はどうなったのか、最初に聞いた時からその返事は、沈黙を持って返されていた。

そして一切光の無いここでは、朝か夜かも判断出来ない。

「何故私を閉じ込めるのです」

言っても無駄だと分かっていながらも、やはり聞いてしまう。

「あの男は何者?」

「お偉い方さ。気にいられた様でよかったじゃねえか」

卑下た笑いを返され、思わず口を噤んだは、睨みながら言う。

「気にいられたとは、何の事なのです」

「お前はいい盾になってくれそうだからな。事が終ればお払い箱だが、気にいられたんなら、ずっと可愛がってもらえるんだろうさ」

背筋を冷たいものが駆け上がって、頭の毛が逆立つような感覚になる。

自分の身がどうと言う問題ではない。

自分の身が利用され、盾にされると言う事実に悪寒が走ったのだ。

自分を盾にする事によって、困る人物を考えてみる。

雁州国にとって、要の人物が数名浮かび上がった。

中でも一番の要と言えよう人物は、同じ蓬莱から来た為に、よく気に止めてくれている。

そしてこの国の王は、民を思いやる君主でありながら、その立ち振る舞いは武断の人に他ならない。

そのような人物は、保身に走らないだけに、いとも容易く危険に身を晒す。

腕が立つとは聞いていたが、それでも数十名に囲まれれば、一溜まりもないだろう。

現に瀬戸内での最後を語ったではないか。

逃げる民の殿を守った。

数名に囲まれて絶命の危機に晒されたと、そう言っていたのだ。









決断が迫っている―――









はそのように思った。

雁州国は一度滅びかけた国だと、帷湍は言っていた。

その時の様子を聞いた限り、今の荒れた地とは比較にならない。

よくそれで人が生きていたものだと思ったほどだ。

ようやくここまで復興したこの国は、王を失えば瞬く間に戻るだろうとも言っていた。

自分が盾になった事によって、再びその荒廃が戻ってくるのなら、このまま生きていてはいけない。

亡国の祈念に囚われたままの王の心を、再び傷つけるような事があってはならない。

そして何よりもこの国の人々に、絶望を与える存在にはなりたくなかった。

のその思いは、三年前に蓬莱で身代わりとなった思いとは違った。

お役目だからと囮になった。

謀反が起こるのは予想されていた事だったし、その時に囮になるのだと言うのは、自然に出来た流れであった。

君主自身がそれを望んでいた訳ではないが、それが暗黙のうちに生まれた了知であった。

だが、死にたい訳ではない。

死ぬ事を思うと怖いのだから。

君主を嫌っていた訳ではないが、自ら命を賭してまで好いていた訳でもない。

ましてや国のためでもない。

ただ、そうして育てられてきたから、そのように動いただけなのだ。

だが、もうは周防国の人では無い。

雁州国に仕え、この世界の常識がすでに叩きこまれている。

だから、ここで命を投げようとしている行為は、決して常識的な流れではなく、自身が望んだ事だったのだ。

不思議な事に、恐怖は感じられない。

心がそのように決まってしまえば、後は行動に移すだけだった。

武器は持っていない。

自らの首を絞める事は出来ない。

首を吊ろうにも布をかける場所もない。

もう随分と食べ物を口にしていないと言うのに、まだ眩暈程度だから、このまま憔悴して死ぬことは難しいだろう。

そうなると、後は舌を噛み切るぐらいしか残っていない。

は手を合わせた。

もう随分と祈った事は無かったが、祈るように手を合わせ、心の中で別れを告げる。

覚悟を決めたは、気を失うまで手を合わせたままだった。














妙な圧迫感を感じ、の意識は覚醒されていった。

「…!」

驚いて辺りを見渡すが、そこには誰の姿も無い。

は牀榻の中にいた。

口に堅く結んだ布を噛まされ、両手も両足も拘束されている。

どうやら自害は失敗に終ったようだ。

手当てされたのか、口の中に薬草のような匂いが広がっていて、舌は元の通り正常な形を保っているようだった。

口に布を噛まされているのは、再び自害をさけるためだろう。

悔しい思いが身を切るようにを襲い、焦るような気持ちだけが前へと進んでいく。

それでも身動ぎしながら、牀榻の上を移動しようとしたが、体もどこかに固定されているようで、一寸程しか動かない。

なんとかしようともがいていると、牀榻の外に誰かが歩いてきた。

白い紗を持ち上げたのは、以前牢獄に来た男だった。

「扇情的な眺めだな」

男は舐めるようにを見下ろし、その視線をゆっくりと這わせた。

「仙の身で在りながら、舌を噛んで自害しようとは、浅はかな」

そう言われてようやく自分が仙である事を思い出した。

昇仙すれば、不老不死になると聞いた。

これがそうなのだと気がつく。

そのような話すら忘れていた自分が恨めしい。

このままでは、この男の思惑通り盾にされてしまう。

もしそれで王に何かあったら、きっと自分も生きてはおれない。

再び湧いた思いに焦るだったが、手も足も動かず、口も動かせない。

ただ呻く声が喉のほうから漏れるだけで、それは音にならない。

「何か言いたいのか?」

見下ろしたままの男はそう言ってに手を伸ばす。

しかし、その手を止めて言う。

「早まった事をしないと誓うなら、口元は解いてあげよう」

は小さく頷いて、口元の布を外してもらった。

新鮮な空気を吸い込んで、ふうっと吐ききってから尋ねる。

「ここは何処で、あなたは誰なのです?」

「ここは擁州清郡要条郷の郷城ですよ。私の居城ではありませんがね。なにしろ貴女を捕らえたのがここの郷長なのでね。目立つ移動を避けてそのままと言った所ですな」

「それで、あなたは何者なのです?」

見上げた男は不敵に笑って、見下ろしながら言う。

「それを聞いてどうすると言うのです。何も出来ないと言うのに」

「何が目的なのです」

「そうですね…王のお命を」

「あの方に手を出すと言うのなら、容赦いたしませんよ」

「身動き一つ出来ないのに、何をどうすると?自害しようとした人間の言葉とは思えないが」

「この命を賭しても…あなたを追い詰めます。もし王に手を出すと言うのであれば…決して許しません」

言いきったその瞳には強い光が宿っていたが、男は鼻で笑ってその頬を掴み、顔を反らせた。

再び布を口に詰め込まれ、息が詰まりそうになると、それに気がついたのか正常な位置に顔は戻される。

男の顔が徐々に近づいてきて、囁くようにに言う。

「王が死ぬまでそうしているんだな。すべてが終ったら…」

「太守!」

突然扉が開き、驚いた男はの頬を掴んだまま振り返る。

「お前…何時の間に」

「そんな事より、大変な事が」

大変と言うわりに落ち着いているその声に、訝しげな男の声が飛ぶ。

「何事だ」

楽しみを邪魔されて機嫌が悪くなったような声になり、から手を離した男は上半身を起こして振り返る。

「何やら騒ぎがあったようですが」

「何があったと言うのだ」

「王師が来ていると」

「また呼び出しか?」

「さあ」

「さあ、とはなんだ。お前郷城の者か?」

「とにかく急いでもらえませんかね?ここは見張っておきますんで」

「…分かった。逃がすなよ。それから口から布を取るな。また自害をされては堪らんからな」

ちらりと太守から視線を投げかける。

それに対し、思わずは顔を背けた。

「自害?」

「とにかく、取るんじゃないぞ!動かすな」

たるんだ奴だと言いながら太守は出て行った。

扉が閉まるような音が聞こえたかと思うと、窓が開けられる気配がする。

そして勢いよく白の紗が開けられる。

護衛の為に残った男だろう。

横を向いたままであったの、見えない後ろから手が伸びてきて、ふいに口が開放された。

驚いたは顔を反転させて、開放された力の源を探す。

「待たせたな」

「尚…尚隆さま…?」

驚いたまま、やっとの事で名を呼んだところで、首の下に腕が入る。

膝の裏が持ち上がり、楽々と担ぎ上げられたまま窓際に移動する。

そのまま窓に足をかけた尚隆を、は心臓が縮むような思いで見た。

「待っ…待って!」

「待てぬ」

その時、扉の開く音がして、太守の怒鳴り声が響く。

喚いた声をそのままに、尚隆は窓の外へと飛翔する。











「これは…」

その光景をが見たのは、これが二度目だった。

切りかかるために近づく足音。

絶壁から見た空。

それに自ら飛び込んで行った。

死を覚悟した瞬間。

それでも一縷の望みを抱いて、大空へと飛翔したのだ。

岩場が目前に迫っていた。

荒波と堅い岩場が、を飲み込もうと大口を開けている。

そして流れついた。

この世界に…。



続く






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助け出されました。

私なら、ダイブするのは嫌です。

恐らく絶叫…

                      美耶子