ドリーム小説




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月の花


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明けて翌日。

昼過ぎに帰ってきた空行師達は、最悪の事態を報告した。は見つからず、同行した者も見つからなかった。

それでは戻れぬと川沿いを捜索して、冬器を発見したのが明け方。

同行した者が携えていた、冬器と一致したのだった。

冬器は破損が著しく、軍旗を切り裂いたような後が残っていた。

軍旗の切れ端から察するに、擁州州師の旗の色と一致する。

その報告を受けた時、尚隆は帷湍らの調べた書面に目を通していた。

「すぐに出撃の命令を」

そう言った成笙を、尚隆は止める。

「何を理由に禁軍を出すと言うのだ」

「…心配ではないのか?」

止めた事に対し、帷湍は苛立ちを募らせながら言う。

「まだ何も起きておらぬ。これまでの謀反の例を考えると、何か要求があるかもしれぬが…。何を目的に浚ったのか、検討もつかない内から動くのは、にとっても危険だろう」

「しかし…」

帷湍はそう言ったきり、口を閉ざしてしまった。

しばしの沈黙が降りる。





















「これではまるで、元州の時と逆ですね」

溜息混じりに言った朱衡のきっかけで、留まっていた場の空気が流れた。

浚われた人物がいた事と、治水に関係していた事柄から、元州を連想していたのは朱衡だけではなかった。

「元州…」

尚隆の呟きに、一同の視線が集まる。

「川沿いを女が歩いている。後ろには武装した護衛。それで王宮から地官が調査に来たのだと分かるか?」

目を向けられて、成笙は困った表情になる。

「それは…」

「仮に分かったとして、が王宮のどの位におるのか分かるか?」

言葉に窮した成笙はただ主を見ていた。

「浚われたのかどうかも定かではないが、何故浚ったのかが分からぬ。ただなんとなく見褒めた奴が、暴挙に出ただけかも知れぬが…」

「では、謀反ではないと?」

それには答えずに、今度は朱衡に目を向ける。

「元州は堤を作れと言って謀反を起こした。治水の為に上帝位を寄越せと、ご丁寧に六太を捕らえて要求してきた。だが、今度は宰輔ではなく、地官の一人を捕らえた。謀反を企んだのだとすると、清郡に誰かがのこのことやって来るのを待っていた事になる。真実謀反を起こそうとしたものが、ただ誰か来るのを待つか?元州の時ですら、ここまで迎えに来たのだぞ。謀反を起こそうと思っていた所に、偶然やって来た官吏を捕らえる様な、気の長い事をお前ならするか?」

問われた朱衡は首を横に振る。

もちろん、そんな不確かな事はしまい。

捕らえるつもりなら、前もって情報を仕入れておかねばならないし、誰を捕らえるかも決めておくだろう。

「私なら、前もって決めておきますね。その者の動向を調べ、おびき寄せます。それが出来なければ、人選を変更いたします」

朱衡の言い終わるのを待って、口を噤んでいた尚隆は、三者をぐるりと見回してから言った。

「だろう。もし謀反をおこすつもりでを浚ったのなら、これは清郡内だけの謀反ではないぞ」

はっと息を呑む音が三方からする。

「どこの官府からかは知らぬが、の存在を知らない者はすでに玄英宮(ここ)にはおらぬ。手引きした者が何処かにいるはずだ」

の動向を調べ、いずれ清郡に向かうと分かっていた者。

どういった位で、どういった位置に在るのかを、把握していた者。

もしくは擁州清郡に向かうように仕向けた者。

二十年程前に、腑抜けた官吏、危険な官吏の整理は終っていた。

王朝は確かな歩みと供に、これまでの二十年を駆け抜けたようでもある。

だが、吟味し時間をかけたその整理期間、ただじっと燻っていた者がいても、おかしくはない。

勘よく気がついて、新王登極から機会を狙っていた者も皆無ではないのだから。

実際、謀反があったのは一度や二度ではない。

今回の事が謀反だとすると、相当痛い所を突いてきたのだ。

王から賜る特権を持つ、数少ない官吏の中で、だけが女であった。

それに人気があったため、居所の掴めない人物でもあった。

調査の為にいなくなる事もあれば、他の官府に呼ばれて行く事も多い。

呼ばれた先でさらに他から呼ばれたりするものだから、人を迎えにやっても居ない事があったのだ。

また、王や宰輔の様に警護が必要な立場ではないから、常に同行がはっきりしている訳でもなく、ゆくえの知れなくなる事が多かった。

実際、帷湍も何度か地官に命じて探させた事がある。

春官府にいたり、天官府にいたりと様々だった。

「誰に恨みを買ったのですか?」

朱衡がそう問えば、尚隆は少し考え、難しい顔をして応えた。

「恨みを買った奴など、数え切れぬ程おるからな」

きっぱりと言いきったそれに対し、朱衡のみならず溜息が漏れ聞こえてきたが、まったく気にする様子もなく、尚隆は成笙の方に目を向けた。

「成笙」

溜息を慌てて飲み込んだ成笙は、少し身構えて返事をする。

「はっ」

「清郡に属する郷城及び県城に使いを出せ。治水の件で大司徒から喚問があると。太守も含めて全員を玄英宮に招け。護衛に一両をつけ、一切擁州の者には手を出させるな」

「かしこまりまして」

そう言うとすぐに退出して言った成笙を見ながら、帷湍は尚隆に問いかける。

「召集して何を喚問するのだ?」

「堤を崩壊する理由を聞きだせ」

「堤を崩壊?」

「調査に行った辺り…要条郷の包みが壊れている。が実際に土を手にとって調べた場所も含めてだ。他の郷ならまだしも、そこが崩壊するのなら、そもそも決定を出していないだろう。一番土が脆いとされていた所に行ったのだからな。簡単には言わんだろうが、やましい奴は何かしらの反応を見せるだろう。まあ、こちらもそうと気取られぬよう、どうやって聞き出すのかを用意しておくのだな」

「はい」

深刻な表情のまま帷湍は退がり、朱衡だけが房室に残っていた。

「秋官府で清郡に目をつけている人物は?」

「そちらに提出してございます」

卓上の紙面を漁っていた尚隆は、一枚の紙を引っ張り出して目を通していく。

「郷長が二名、県正が一名。…太守がおらんな」

「清郡の太守は評判の良い方ですね。対して郷長のほうはあまり評判が良くない」

「郷長が締め上げて、裏で太守が庇護しているのだろうな」

「金回りが良いというのも、表立っては聞こえておりませんね。何処でその情報を手に入れたのです?」

「まあ、その辺だな」

深い溜息が聞こえ、朱衡は腰に手を当てた。

「主上…よもや自ら出向こうなどと、軽率なお考えをお持ちではないでしょうね」

真顔で言われた尚隆は何も答えなかったが、朱衡はそのまま続ける。

「結託している可能性もありますので、それは危険な行為のようですが?仮に県城に押し入ったとしましょう。それが翼伝えに飛んで、の首を取らないとも限らないでしょう」

「そうだな…」

尚隆の口ぶりから、やっぱり思っていたのかと呆れながら、朱衡は釘をさすようにして言う。

「王たるもの、命じて救命させる事はしても、自らが火の中に飛び込んではなりません。はそれをよく思わない気性に見えますが?」

確かに、と思いつつも向かいそうになっている自分を、抑える事は難しい。

だが、喚問が始まるまでは、目処が立たない。

「とにかく、わたしは玄英宮(ここ)に目を光らせる必要がありそうですね」

そう言って朱衡も退がって行った。

一人残された尚隆は、見せていなかった苦悶の表情を、ありありと浮かび上がらせていたという。






























その頃は牢獄にいた。

川沿いを歩いていて、いきなり後ろから殴りかかられ、気がついた時にはすでにこの牢獄の中だった。

同行した禁軍の者は、違う所に投獄されているようで、辺りには人の居る気配すらない。

薄暗く陰気な場所であった。

一昼夜ほど経過して、牢獄を訪れた者がいた。

背の高い男だった。

「お前が海客のか…ほう…」

「何者です?」

の訝しげな声に、男は声を上げて笑ったが、それには答えなかった。

舐めるように見て、しばらくすると戻って行った。

悪寒が走り、再度尋ねてこられたら、覚悟せねばならないと思っていたのだが、それから男は姿を現さずに、数日が経過していた。



続く






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                              美耶子