ドリーム小説




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月の花


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は翌日旅立つ事になったと、成笙から報告を受けたのはその日の夕刻を回った頃だった。

尚隆は雲海を眺めながらそれを聞き、そうか、とだけ返した。

、か…」

朱衡に問われた“あの日”以来、尚隆は一度もに会っていない。

もちろん故意に避けてきたのだが、宮城を出ることは許さなかった。

尚隆はが不思議で怖いような気がしていた。

恐怖を抱いている訳ではないのだが、何やら漠然と怖い気がする。

それは、滅んで行った民の目のように思ったからかもしれない。

もしくは彼女の考え方その物が、理解出来なかったからかもしれない。

こちらの人間ではないと言うのが、その思考を不可思議に見せていたのだ。

は、君主が自害して民に何が残るのか、と言う。

その観点からいけば、命を投げ出してでも民を守ろうとした自分の行動は、何だったのだろうか。

老爺の言ったように落ちのびれば、民は死んでからも救われると言うのだろうか?

だが、それに賛同する事は出来ない。

平和な世を望んでこそ、民は慕ってくれていたのだ。

取り立てて、何の力もない自分自身を。

は義隆の為に身代わりを買って出た。

お役目だからと、女の身でありながら乗馬し、野を駆けて海に飛び込んだ。

そこまで潔良い精神を持ちながら、大内の滅亡を淡々と予測し、それを語る。

そしてそこから逃げたのだとも…。

謀反があったのだと言ったその口からは、さも当然だったかのように語られ、それでも小さい若を思って心を痛めている。

人として生きていて欲しいと言った。

家督の事など何も言わず、田を耕して作るような、些細な幸せを望んでいた。

戦乱の世が疲れたと言ったは、今この国を見てどう思っているのだろうか?

もしかすると自分は、それを確認するのが怖いのだろうか?

「俺は…何を知りたい」

怖くて不思議な女だ。

しかし、それが何によるものなのか、確たる理由を見つけられないままに三年が経過していたのだ。

「未だ囚われるか…」

瀬戸内の残像に。

突然姿を現すその驟雨(しゅうう)に。

宮中に燈り出した篝火を見ながら、尚隆は長い間窓辺で佇んでいた。






























翌日、は言われた通りに禁門へと向かっていた。

王から特別の許可がおり、左軍の空行師が同行すると聞かされていた。

禁門に到着したは廐舎に向かい、中に人の気配を確認して入って行った。

「久しいな」

「あ…あなたは…」

そこには三年前から姿を見せていなかった男が立っていた。

小松の生き残り…と同じ海客の男。

「禁軍におられたのですね。どうりでお目にかけないと思っておりました」

やはり同じように昇仙したのだろう。

武官であったのなら、出会わないはずだ。

「お元気でしたか?」

「まあまあだな。同行させてもらうが、構わないか?」

「それは、もちろんですわ。本当はお気遣いなど良かったのですが、道案内にどうしても一名は、来て頂きたいと思っておりましたので」

「そうか」

尚隆はそう言って手綱を取り、廐舎を出た。

見送りには誰も出て来ずに、たまと呼ばれる騎獣で空へと舞い上がる。

空を舞い上がった直後、の体は尚隆の前で強張って行った。

「怖いか?」

「い、いえ…」

否定する声とは裏腹に、体はますます堅くなっている。

揺れるわけでもなし、何が怖いのだろうかと思っていると、景色をまったく見ていない事に気がついた。

「ひょっとして…高い所が苦手か?」

「た、多少…」

表情までが強張ったその顔を見ると、何やらおかしくなってしまい、思わず声をたてて笑っていた。

普段雲の上に住んでいると言うのに。

「こ、小松さまは…へ、平気なのですか…?」

「怖がっていては、騎乗出来ぬだろう」

「そ、それはそうですが…」

何処かにしがみ付きたいのだろうか、目だけが騎獣に向いては離れる。

離れてしまうのは、うっかり下が見えるのだろう。

「怖ければ俺に捕まっていろ」

しばし迷ったような気配が伺われたが、しばらくすると小さな声が返ってくる。

「で、では、失礼仕りまする…」

そう言った直後、尚隆の胴に手を回し、力の限りしがみ付いてきた。

よほど怖かったのだと、その力から伺える。

それがさらに笑いを引き起こし、またしても声を立てて笑う尚隆を、少し恨めしげに睨んでいたその目は、すぐに胸元へと消えていった。

澄んだ空の景色さえ、今は恐ろしいといった所だった。






























その頃玄英宮では。

「何!?同行していない?」

帷湍の声が大司徒政務の場で鳴り響いていた。

「ああ。なんでも朝から主上が来て、他の者に頼むことになったと言ったそうだ。ご丁寧に禁門の兵卒達にも命をくだして、しばらく下がらせていたようだ」

成笙はこめかみに軽く指を当てながら、眉間に力を入れていた。

「と言う事は…」

「行ったのだろうな。主上自ら」

「あ、あんの莫迦たれが!玉座に座っているのが、そんなにも窮屈か!?窮屈なのか!!?」

「俺に言っても始まらんだろう…」

「何だってそれを許したんだ!!」

「許した訳じゃない。ただ、逆らえなかったんだろう」

「逆らえなくても、止めるように教育しておけ!!」

「だから、俺に当たるな!」

剣呑な場に、間合いよく現れた朱衡が止めに入る。

「いい加減になさい。ここで言い争っていても何にもならないでしょうに」

冷静に言った朱衡に、二人の怒りがそのまま向けられる。

「お前はなんでいつも冷静なんだ!」

帷湍がそう言って、成笙も頷く。

「予想通りだったからですよ」

「予想?」

怒りを通り越して、気の抜けたような声を出した帷湍が、朱衡に聞き返す。

「予想していたのなら、何故止めなかったんだ?」

成笙からは非難めいた声で質問が飛ぶ。

「ですから、飴と鞭ですよ」

「は?」

「ここ数日間、真面目に政務をこなされていたでしょう。そろそろ抜け出すのではないのかと思っておりましたからね。今回はかなり厳重に目を光らせておりましたから、相当鬱積が溜まっているはずです。出て行けばまた数ヶ月も戻って来る事はないでしょう。それならばに同行させて、本日中に戻ってきていただいたほうが良いでしょう?しばらく我慢したご褒美ですよ。それと悟られぬよう、一応追手は差し向けてございますが」

唖然とした二人を見ながら朱衡は微笑む。

食えない奴、と思ったのは二人の心の声であったが、それを口に出して言う事はせずに、ただ納得したように頷いた。



続く






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雁国を支える影の重鎮達…

うまく書けたか心配になる三人ですが、

この作品では唯一コミカル…か?

                        美耶子