ドリーム小説




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月の花


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しばらくして、の頭上から静かな声が降ってくる。

が泣けないのは、結末を知らぬからではないか?」

くぐもった声であったが、それは深く染みるようでもあった。

「そうかもしれませぬ…」

「もし、調べて分かるとすれば、はどうする?」

「可能性として…いい結果が望めませぬゆえ、知りたくはございません。あのお小さい若様が、短い生涯を閉じたなどと…聞きたくございませぬ」

「そうか…」

「こらちの若様は、もう大丈夫でしょうか?」

気遣うような声に、の頭から顔が離れていく。

「大丈夫だ。すまなかった」

「いえ…」

そう言っても離れない腕に、は不思議に思いながらもそのままでいた。

「あの…小松さま?」

「なんだ」

「もう、大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫だ」

再度尋ねても離れてくれない腕に、ますます不思議に思うが、二度も聞いたとあっては、次に何を聞いて良いのやら判断できなかった。

しばし逡巡して、再度問う。

「小松さま?離れられないのでございますか?」

「よく分かったな。どうにも心地良くて離れられん」

「心地良い?」

「抱き心地が良いと言ったほうが分かりやすいか?」

「抱き…抱き心地!?」

慌てて腕に力をいれて、引っぺがすようにすると、簡単に腕は解けていった。

「ご心配申し上げましたのに!」

「怒った顔は出来るのだな」

したり顔で言われたは、はっと自分の頬に手を当てた。

顔の動きを探るように手を這わせ、眉間に皺が寄っている事に気がついた。

「思い…出したようです…」

顔からすっと力が抜けていき、ほわりと微笑む。

「笑う事も思い出したか?」

「はい」

微笑んだ顔を初めて見た事に気がつき、尚隆は笑って言う。

「笑っているほうが良い。真顔だと、怒られているようで敵わん」

「怒っていた訳では…」

だが、確かにずっと真顔でいれば、判断しかねるだろうと思いなおし、ふと笑みを向けて言った。

「その通りですわね」

「後は泣く事を思い出せばいいのだがな」

「泣く事を忘れているのなら、悲しくなくて良いのでは?」

「人に泣けと言っておいて、そのような事を言うか?」

呆れたような声に、はおもわず声をあげて笑った。

その屈託の無い笑顔は、三年も消えていたのが嘘の様であった。



























調査を終えた二人が宮城に戻って来たのは、黄昏が降りた頃だった。

朱衡の想像通り、早く戻って来たことによって説教はなかった。

はさっそく帷湍の元に行き、報告をする。

それに目を丸くして聞いていた帷湍であったが、翌日にはすでに動き出していた。














「いや、驚いた」

翌日、王の自室に入るや否や、帷湍はすでに控えていた二人にそう言いながら、中央まで歩いて来た。

「どうしたのです?」

「驚いた事が二つもあってな」

「二つ?」

尚隆の声に帷湍は頷き、主をじっと見ていた。

「一体、何をしたんだ?」

朱衡と成笙の目が主に向けられる。

「何かしたのですか?」

何の事かも判らずに、朱衡は主に詰め寄るようにして聞いた。

「ちょっと、からかったな」

「からかった?それでどうなったんだ?」

成笙も詰め寄りながら聞いたのを、帷湍は見ながら言う。

の表情が戻った。普通に笑うようになった」

「それが主上のおかげだと?」

朱衡は詰め寄るのをやめて帷湍を見る。

「治水調査から戻ってきてからだ」

「ほう…」

驚いた様に言ったのは、他ならぬ尚隆その人だった。

「言っておきますが…」

成笙が口を挟む。

「夏官に嘘を教えて勝手に抜け出した事は、それで帳消しになどいたしません」

成笙がそう言った矢先に、朱衡からもう一つは何だと質問が飛ぶ。

の治水案だ。予算内ですぐにでも出来る。時間はかかるが、人手はさほどいらん」

帷湍の言に、朱衡と成笙は主に目を向けた。

「俺は知らんぞ。調べているのは見ておったが、何をしたいのかまでは想像できん。ただ、浅いのを残念がっておったな」

朱衡が不思議そうに首を傾げる。

「浅いといけないのでしょうか?」

「さてな。それで、その治水案とは?」

帷湍に目を向けて先を促す。

王の裁可を貰いに来たのだから、どのみち聞かなくては先に進まない。

「調査した結果、川が浅く土手が高い。よって、土手に竹を植えるのだそうです。多少年数はかかりますが、竹はしっかりと深い根を張る。脆い土でできた土手をそれで強化し、自然の堤を作るつもりのようです」

感心したような声が同時に漏れ聞こえた。

もちろん裁可が下りぬ訳もなく、その案は可決されて、すぐに実行に移された。

そしてその成果を残したに、各所の主だった土地を見てもらおうと話も出たが、また王が抜け出すのではないかと成笙が言い出し、それは上層部で却下された。

表情の戻った当の本人は、親しみやすい人間と変わり、元々慕われていただけに、ますますその人気を集めるようになった。






















ある日。

の足音にびくっと人影が動き、柱にこっそりと身を寄せる気配があった。

「?」

訝しく思ったはその人影にこっそりと近寄り、柱を覗き込んだ。

金の髪をした少年がそこには立っており、を見ると猛然と逃げようとしている。

とっさに襟首を掴んでしまったは、何故逃げるのかと問うた後、はたと時が止まった。

金の髪と言えば、この世界の神獣。

麒麟しかいない。

慌てて襟を放し、その場に額(ぬか)ずいた。

「た、台輔とは気がつかず、恐れ多くも…」

「い、いや、いーよ。気にすんなって。俺を追ってくる奴かと思ったんだ」

「追ってくる?何か変事でもございましたか?」

顔だけを起こし、やや表情を改めて問うたに、六太は噴出して違うと言った。

「いたぞ!」

の後方から声が聞こえ、再度ぎくりとした六太は逃げようとしていた。

!捕まえろ!!」

声の主は帷湍であった。

とっさに同じところ、つまりは襟首を掴んだは、六太を捕まえて帷湍を振り返る。

「でかしたぞ、

満足気に言った地官の長を見上げ、よかったのだろうかと思う。

?」

襟首を掴まれたままで帷湍に引き渡された六太は、振り返っての顔を覗き込む。

って、あのか?」

そう問う麒麟に、は首を傾げながら答える。

「どの、でしょう?」

「えっと、地官の?蓬莱から来たっていう」

「それでしたら、私の事ですわ」

「へえ、あんたがか。良く名を聞いてたけど、初めて見たな」

「私の名ですか?」

不思議に思って帷湍を見ると、頷きながら答えがあった。

「良い案を出すと評判だし、主上が良く名をお出しになるからな。それに、最終的に裁可するのは主上だからな。案が多ければそれだけ目にも止まる」

何故王がの名を出すのかは分からなかったが、案を可決しているのが王だと聞いて、は少し驚いた。

「王とは…まるで人間のような事をなさるのですね」

「へ?」

拍子抜けしたような声に、は首を傾げて言う。

「だって、神なのでしょう?」

「か、神と言ってもな…元は人間なんだぞ?」

六太は口元をひくつかせながらに言う。

「そうなのですか?」

「そ、そうだぞ。仙になったも元は人間だったろう?」

「それもそうですわね」

あっさりと納得したに拍子抜けして、六太はこけそうになっていた。

それを掴んだまま、帷湍はに言う。

「お前、主上を知らないのか?」

「はい。拝見したことはございませんが?」

何を言うのだろう、とでも言いたげな顔をして見るに対し、言葉に窮したした帷湍であった。

「私は朝議にも出ませんから、拝見する機会などございませんわ」

さも当たり前のように言ったを見ながら、帷湍は頭を抱えたい気分になっていた。

の言っている事が本当だとすると、玄英宮に来たあの夜にも、先日治水調査に行ったあの時にも、尚隆は王だと名乗っていない事になる。

何故隠しているのかは判断しかねるが、うかつに言えないではないか、と一人舌打ちした。

「王に会っていない?」

不思議そうに言う六太を慌てて引っ張り、帷湍は誤魔化す様にしてその場を離れていった。

「なんで邪魔すんだよ?」

襟首を捕まえられたまま、不服そうな声が走廊に響いたが、それには答えずにいた帷湍であった。



続く






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少し、表情豊かになりました♪

さすがは延王ですねえ。

                   美耶子